2015年3月13日金曜日

四辻橋梁〜大阪大空襲の痕跡

今年は戦後70年ということで、各メディアで特集が組まれたりしています。
そんなのを見て、城東貨物線に大阪大空襲の痕跡があることを思い出しました。


かれこれ3年程前、
列車待ちをしていた時に、地元の方から伺った機銃掃射の跡。
穴ぼこになった架道橋の土台を指して「この傷はな、戦争中機関銃でババババと撃たれた跡やねんで。」

ただ列車を待っていただけの私には、すぐには何のことか理解できませんでした。
見聞きし目にしたその痕跡と、現代ののんびり平穏な様子と結びつけるのは直感的には不可能でした。
で、調べてみて大阪大空襲のことだと知りました。

1945年3月13日から14日の第一回目に始まり終戦直前までの計8回、城東貨物線沿い(旭区、都島区)への攻撃は6月7日の「第三回大阪大空襲」でした。

一枚目の写真は機銃掃射の跡がある四辻橋梁を通過する機関車。
(2012年10月撮影)

次にクローズアップしたカットを。

この凸凹したものが空から機関銃で撃たれた跡そのものだそうです。
傍には小学校(当時:赤川尋常小学校〜現:市立高倉小学校)もあって、凍り付く思いです。
大阪市立高倉小学校のホームページには、校舎の焼失や運動場に1t爆弾が落下したとありました。

空襲の遺構として後世に残せるなら……

ご存知の通り、城東貨物線は複線化工事が行われていて、どうなるのか気になっていたのですが。

土台はそのまま使われるもよう。
(2014年3月撮影)


パイプなどが撤去されました。桁下が高くなりました。
(2014年7月撮影)


機銃掃射の跡を背にして鴫野方面を向いて。(2014年7月撮影)
こちら側は元々石垣だけで、大きな木がありました。


機関車通過中。こんな感じでした。(2012年5月撮影)

ダイヤ改正でそわそわするこの時期ですが、昨年夏以降全く城貨線に足を運ぶこと無く過ぎて、今年は静かに過ごしています。

工事の様子等気になってはいますので、出掛ける日を設けるようにしたいです。

3 件のコメント:

  1. こんばんはー、
    お久しぶりです。
    神崎川ではトラス橋の組み立てが進んでいます。
    工事も着々と進んでいるようです。

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    1. こんばんは〜
      ご無沙汰しております。
      工事状況ありがとうございます。
      近いうちに神崎川におじゃまできるようにしたいです。

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  2. ご無沙汰しております。
    戦争の跡は残り、後世に伝えられていくのですね。
    しかしそれを乗り越えてまだまだ使われる土台部分、設計の良さと技術力の高さなんでしょうね。

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